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 札幌市立円山小学校 
 に6年間在籍しました。入学式にも卒業式にも出席できず、全出席日数は5年分に届きませんでした
 ので、6年間通ったとはとても言えませんが、落第せずに卒業証書をいただくことができました。

 「さくら花咲き風匂う名も円山の学び舎に明るき空を仰ぎつつ肩組交わす嬉しさよ」
 という校歌、朝礼の度に歌いましたので脳裏にしっかり刻み込まれています。
 在学中に開校80周年の記念のイヴェントが開かれた記憶があります。


< 入学式・卒業式への出席状況リスト >
 幼稚園・保育園:(入園式・卒園式) 行きませんでしたので体験していません。
 小学校:(入学式)高熱のため欠席
       その後も毎年かなり病欠、
       とくに、小4の11月から、小5の5月はじめまで半年間の長欠。
       さらに、↓。
     (卒業式)入院中で欠席(6年生の1月末からその年の5月末まで療養のため長欠)。
       小4の3月に担任の先生が家庭訪問に来られ、もう一度4年生をやりますかとおっしゃいまし
       たが、落第とは明言されませんでしたので、そのまま5年生に進級させていただきました。
       5月になって学校に行ったら、前のクラスの何人かが駆け寄ってきて、
       「元気になってよかったね」といってくれる一方、
       「お墓に入っていたのではなかったの?」という祝福?もありました。
       小6では大学病院の2人部屋に入院しましたが、
       いきなり「この部屋の人、よく亡くなるんですよ。このベッドの人も、
       この間亡くなったばかり。」と、かなりショッキングなガイダンスを受けました。
       因みに、私の退院と前後して入院した人も、その後まもなく亡くなったそうです。
 中学校:(入学式)小6から継続して療養のため欠席。
     (卒業式)初体験「進学・就職、道はわかれても・・・わが校で学んだことが・・・」
 高 校:(入学式)初体験「4期生のみなさんの出来次第でわが校の真価が問われます・・・」
     (卒業式)大学の入試と重なって欠席。
 大 学:(入学式)「太った・・・よりやせた・・・」の総長から・・・。
     (卒業式)大学紛争とかで直前に中止。
 大学院:(入学式)同上の理由で中止。
     (課程修了学位授与式)中退して大学の助手になったので参加資格喪失。

 以上のように、小学校では、かなりの日数休みました。小4のときの「家から1歩も外に出られな
 い」半年間、まったく学校と離れて暮らしました。それでも小5になってとくに問題はありません
 でしたので、小6から中1にかけて再び約半年近く学校を休んだときも何とかなると思いました。
 しかし、中1の入学式から丸2ヶ月つづけで休んで学校に行ったら、次の週にいきなり9科目の中
 間試験。小学校にまったくなかった英語とまるっきりレベルの違う数学の試験。大ピンチ。幸いに
 も、小6のとき大学生から英語のレッスンを数回受けていたのと入院中に隣室の人から一度だけで
 すが文字式の掛け算や展開公式を教わっていたので、一応クリヤーできて胸をなでおろしました。
 幸いにも英語は全問正解でき英語の先生から褒めていただきましたし数学もなんとか殆ど解けまし
 た。他の科目も教科書をよく見ておいたので概ねなんとかなりました。ただ、国語は「オッペルと
 象」だったと記憶していますが、内容が今一理解できてなかったのか八割前後の成績でした。とも
 あれ、学校に殆ど行っていなくてもなんとかなったのです。小6を2度やり中学入学を遅らせると
 いうチョイスもありましたが、落第しないで本当によかったと思いました。私以外にも、病気のた
 め学校を長期に休む人はいましたが、その多くは下の学年に移っていました。学校に行かなくても
 けっこう取り返しがつくのですから、たいへん気の毒なことだと思います。もちろん、ここで、学
 校がなくてもよいとまで言うつもりはまったくありません。学校に行きたくても行けない日々が多
 かったので、療養のあとは学校に行くことが嬉しくてたまりませんでしたし、先生や友人から学ぶ
 ことは山のようにありました。今思い返すと、入学式や卒業式では、校長先生が心がまえについて
 貴重なお話をしてくださるのですが、私はそれに接する機会が非常に少なく大変残念に思います。
 もちろん、いろいろなハンディーを背負っても、めげずにやりぬく力は、かなりつけることができ
 たかと思います。試練は、それを乗り越えたときに大きなばねになる??? 半年間の自宅監禁生活?
 や天国直結ベッド? での入院生活等の体験から、過酷な状況になっても不感症でいられたり辛いと
 は思わずにいられるなど、メリットが多々あります。艱難汝を玉にす??? 学ぶ機会や教えてもらう
 機会が不足していても、未知のことを自分で調べたり考えたりすることで、知の世界はどんどん広
 がって行くという確信が得られました。また、可能かどうかわからない目標でも、不可能と決まっ
 てないなら、一心不乱に立ち向かう勇気が湧いてくるようになりました。その後現在まで生きて来
 た自分にたいへん掛け替えのない大切なものを上記の体験から得ることができたように思われます。
 何かの理由で長期間学校に行けない人や不本意にも十分に教わることができない人たちにも、決し
 てあきらめることなく自分の力で未知の世界へと立ち向かっていただけることを願っています。



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