量 子 化 学 演 習 概 要  



  はじめに(抜粋)

 「量子化学」は、約1世紀前に誕生した量子力学を化学現象に応用する学問である。量子力学
の黎明期に活躍した科学者の多くは、基礎理論を手には入れたものの、それを具体的な化学現象
に応用するには、あまりにも問題が複雑すぎて数理処理が絶望的に困難であるとして悲観的か否
定的ですらあった。しかし、「量子化学」は、電子計算機の飛躍的技術革新に伴い20世紀末に急
速にその適用範囲を拡大し、今や、新時代の物質科学の重要な学問基盤となっている。
 本書は、「量子化学」を、演習を通じて学ぶことに関心のある読者のために、「化学入門コー
ス/演習」の1冊としてまとめたものである。本書が対象とする読者は、「物質科学の量子論的
基礎と化学現象への応用」についての実力を、新時代にふさわしい水準で効率よく涵養したいと
いう人すべてであるが、あえて本書の利用目的を大別すると、およそ以下のように分類できよう。
 (1)大学等における講義の補助教材
   講義時間の不足の補充及び量子化学の新展開に対応していない教材の補完に使える。
   また、講義と併せてより発展的に学習するための自習用の教材としても効果的であろう。
 (2)学期末試験・大学院入試・各種資格試験等への対策
   基礎から新展開に至るまで効率よく徹底して学ぶ演習書・問題集として利用できる。講
   義等でほとんど伝授されない問題解法技術や複数の解法の優劣評価、誤りやすい注意点
   の喚起等、問題解答能力の飛躍的向上に有益な題材を精選収録し、解答解説及び関連事
   項のコメントを丁寧に行ってあるので、独習の場合でも実力向上を飛躍的に達成するこ
   とができるであろう。
 (3)量子化学を必要とする研究開発業務のための基礎力養成
   量子化学計算プログラムを利用するには、量子化学の基礎知識の習得が必須である。こ
   れまで学習機会がほとんどなかったか、学んだことはあるが最近四半世紀の量子化学の
   進歩にふれる機会が少なかった人には、演習を通じ実践的に効率よく新時代の量子化学
   を独習するのに役立つであろう。
 本書は、新時代への対応力を高めることと学習上の効率を念頭に置いて執筆したが、その他、と
くに留意した事項及び本書の特色を以下に記す。
 1) 解説の記述は簡潔を旨としながらも重要な基本事項を漏らさず記した。さらに、例題と問
  題で実践的に基礎事項をマスターできるようにした。
 2) 補足事項・関連事項及び問題解法技術のコメントを多数記述し、1項目の学習から発展的
  応用力と高い問題解答能力が身につくよう配慮した。本書では、理論化学としての量子化学に
  とどまらず、有機化学や無機化学など、化学現象の広い領域への応用力の増進に役立つ題材を
  効果的に取り入れ、学習時間の投資効率が高くなるよう配慮してある。また、どうやれば速く
  正確に答えが出せるか、解法の比較評価や陥りやすい落とし穴の回避方法など、学習上の注意
  事項・留意事項の喚起や基本技術の伝授に勤めた。
 3) 論理を精密に展開する能力を身につけた人には、記述に省略や飛躍が多いと躓きの原因と
  なる。また、論理を苦手とする人には、文学的表記や曖昧な記述が多いと誤解や勘違いが生じ
  やすい。本書は、数理的な論理が得意な人にも不得手な人にも、混乱が生じないように、精密
  かつ簡明な表記に勤めた。
 4) 量子化学は、20世紀の後半に著しく発展した学問である。このため、20年以上前にはほと
  んど教えられていなかった重要な発展が多数ある。Feynmanの静電定理、HOMO-LUMOの原理、光
  電子分光法、ab initio MO法と密度汎関数法等が、これに当たる。1980年代の後半以降、欧米
  のテキストでこれらを部分的に取り入れる例が増えているが、ほとんどまったく取り入れてい
  ないテキストも依然として多い。本書は、量子化学の新展開の重要事項を精選して組み込み、
  講義等で学べない人にも独学で習得できるよう丁寧に記述した。
 5) 量子化学の計算環境は急速に変化している。1980年頃までは拠点大学の大型計算機を特別
  に使うことが許された人にさえ実行不能であったような大規模計算が、1990年代以降は研究室
  のワークステーションでできるようになり、1999年からは個人用パソコンでさえも可能になっ
  た。これからますます量子化学計算が普及し、化学現象の解析・未知物質の設計・未知現象の
  予測に役立てられるであろう。本書は、量子化学計算プログラムの利用に必須の基礎事項と実
  用上知らないと損するような戦略的基礎知識をも精選して取り入れた。
 6) 量子化学や量子力学のテキストにおいて、表記法や取り扱い法に幾通りか異なるものがあ
  るために、その一つしか知らない初学者が、躓き戸惑いを感じる場面が多々あり得る。本書で
  は、用語の扱いは、併記やルビのほか索引での並列表記で問題を回避し、摂動法などに見られ
  る取り扱いの差異については、基本を徹底しながらも他の取り扱いにも柔軟に適応できるよう
  配慮した。
 7) 本書の学習に必要な時間は、読者の予備知識にも依存するが、1回数時間の学習時間を30
  回程度とれば完全にマスターできる。これは、大学等の毎週1コマ通年の授業もしくは毎週講
  義と演習各1コマで半年の授業と同程度の学習時間である。毎日専念できれば1-2週間で制
  覇することも可能であろう。
 8)本書の記述を読んで、「これは、こういうことなのか」と、目から鱗が落ちる体験をしても
  らえるよう、また、「これは、しめた、こうすれば、うまくいくのか」と、納得し充実した気
  分を味わってもらえるよう、こころがけたつもりである。さらに、学問や技術の発展的展開を
  担う人材の育成を意識し、従来のテキストでは看過している事項のうち重要な事柄について、
  数理・物理・化学を相互に結びつける本質の洞察力が養われるよう配慮したつもりである。本
  書が、量子化学の学習において「困惑と苦悩」から「希望と喜び」への転換を促進する役割を
  担うとともに、21世紀を担う人たちが新しい物質科学の世界を次々と切り開く際に些かなりと
  も役に立つことを願っている。 (2000年1月)



  もくじ(概要)

 1 量 子 論 と 波 動 方 程 式
  1.1 電荷とCoulomb力
  1.2 波動と振動
  1.3 エネルギー量子
  1.4 Bohrの原子模型
  1.5 粒子性と波動性
  1.6 波動方程式
  1.7 測定値と期待値
  1.8 交換関係と不確定性
  1.9 1次元の箱の中の粒子
  1.10 回転運動と角運動量
  1.11 調和振動子
 2 原 子
  2.1 水素類似原子
  2.2 原子軌道の形
  2.3 多電子原子
  2.4 電子のスピン
  2.5 原子の電子配置と周期性
  2.6 励起状態とスペクトル項
 3 近 似 計 算 法 の 基 礎
  3.1 摂動法
  3.2 変分法
  3.3 断熱近似
  3.4 SCF法と配置間相互作用法
  3.5 分子軌道法
 4 分 子 軌 道 と 分 子 の 構 造
  4.1 水素分子イオン
  4.2 Huckel分子軌道法
  4.3 軌道の重なりと軌道間相互作用
  4.4 定性的分子軌道法とその応用
  4.5 軌道の混成
  4.6 3中心2電子結合
  4.7 光電子スペクトルと分子軌道
 5 分 子 軌 道 と 反 応 性
  5.1 電子配置と反応性
  5.2 軌道の性質と反応の選択性


※ 第1刷(2000年4月26日)には誤植が多数あり、ご迷惑をおかけしました。
  第2刷(2006年4月14日)で誤植を全面的に改訂いたしました。
    第3刷(2009年1月23日)ではさらに表記の改善に努めましたが、まだ何か
  不備な点がございましたら、出版社もしくは著書までご連絡ください。



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