化学反応の量子原理

Quantum Principle of

Chemical Reactions

 

化学の世界の羅針盤を発見!

 

Koichi Ohno & Satoshi Maeda,

Chem. Phys. Lett. 384, 277 (2004).

J. Phys. Chem. A 110, 8933 (2006).

 

 化学は、100種類ほどの元素を素材にして、多種多様な物質をほとんど限り無く組み立てることのできる、希望に満ちた世界です。人類が手にした化合物の数は、1965年に約25万種であったものが、今では3000万種にまで達し、毎年200万種ずつの割合で新化合物が誕生しています。そして、化合物どうしを結ぶ化学反応について、化学者達による発明や発見が次々と繰り広げられています。

80年ほど前に量子力学が誕生したことによって、化学の問題は理論的に解決したかに見えましたが、実際には解くべき方程式が複雑過ぎて解くことができなかったため、量子力学によって化学の問題を解くことを断念する人が続出しました。けれども、化学者達は、化学の問題を量子力学によって解決する夢を持ち続け、近似理論の改良を根気良く続けるとともに、急速に発展した電子計算機の技術を活用して、次第に量子力学による問題解決の範囲を拡大して行きました。

 現在は、量子化学計算プログラムを用いて原子の集団がその幾何構造に依存して変化させるエネルギーの極小を求めることで、実験しなくても、分子の構造やエネルギーを精密に決定するこができます。専門家はこの作業を構造最適化と呼んでおり、今では誰でも日常的に行うことができますが、この作業には初期推定という予備作業が必要であり、これはコンピュータを使う我々が経験や直感に基づいて行わなければなりません。初期推定をうまくやる一般的な方法は存在しないため、新化合物や新反応ルートを構造最適化によって理論的に見つけ出すためには、試行錯誤に頼らざるを得ません。このため、同じ化学式で表される異性体を調べ上げ、それらの間の反応経路を解明することは、わずか4原子からなる化合物についてしか達成されておらず、5個以上の原子からなる化合物について、まったく未踏の頂だったのです。

 

 この前人未到の頂を目指して2004年大野・前田の超球面探索法SHS Chem. Phys. Lett. 384, 277 (2004))が開発されました。これは任意の化合物の構造を出発点として、その周りに存在する反応経路を探り当て、それらの反応経路を1つずつ辿ることで、他の異性体への反応経路や解離反応経路を見つけ出し、新たにみつかった異性体の構造から、同様の操作を芋づる式に繰り返すことで、同じ化学式で表される異性体とそれらに繋がる反応経路を自動的に暴き出すことを初めて可能にしたのです。

 大野・前田のSHS法では、任意の構造からその周囲へと向かう反応経路が、平衡点付近の放物線型のポテンシャル(調和ポテンシャル)から、必ず下方に歪んでいること、すなわち、化学反応経路は非調和下方歪みに沿って展開すること(化学反応の量子原理J. Phys. Chem. A 110, 8933 (2006))に着目することで、安定構造から始まる化学反応経路を見つけて追跡することを初めて可能にしました。化学的な構造が示すポテンシャルの非調和下方歪みが示す方向が、目印や道標の何もない海洋上で南北を指し示す羅針盤のように、どちらに行けば反応が進むかを示す「化学の世界の羅針盤」のような働きをすることが発見されたのです。

 

 化学反応を扱う伝統的反応理論として、BellEvansPolanyiの原理(1936)福井のフロンティア軌道論(1952)Hammondの仮説(1955)Woodward-Hoffmann(1969)Marcusの式(1968)などが有名です。大野・前田の化学反応の量子原理の発見によって、伝統的化学反応理論の枠を大幅に超え、化学反応の予測や解析を、精密な量子化学計算に基づいて自動的に行う方法が確立されました。

 

ポテンシャルの非調和下方歪みに着目する「化学反応の量子原理」は、量子化学計算に基づいて化学反応をコンピュータで自動探索することを初めて可能し、無限の可能性を秘めた未知の化学の世界を探検するための「羅針盤」となって、化学者の夢の実現を強力にサポートします。